因州和紙に浮かぶ風景 ― ギュンター・ツォーンが捉えた鳥取の美
鳥取市歴史博物館で開催中の「ギュンター・ツォーン写真展《風紋 移りゆく風景》」は、
私たちが知っているようで知らない鳥取砂丘の本質に、静かに、しかし深く光を当てている。
ドイツ出身の写真家ギュンター・ツォーン氏が初めて鳥取砂丘を知ったのは、1980年代。
きっかけは、阿部公房の代表作の一つ『砂の女』だった。
果てしない砂の中に囚われた男の物語に惹かれ、実際にそのような場所が日本にあると知ったとき、彼の心に「訪れるべき場所」として強く刻まれたという。
さらに、鳥取出身の写真家 植田正治の写真作品との出会いが、訪問を決定づけた。
ツォーン氏が実際に鳥取砂丘を訪れたのは2020年3月。
コロナ禍の影響で観光客の姿はまばらで、広大な砂丘には風と砂の音だけが響いていた。
急勾配を登り、深い谷を越え、潮風に吹かれながら撮影を重ねた。
目指したのは、誰もいない砂丘が本来持っている「時間のかたち」を映し出すこと。


写真はすべてモノクロで撮影されている。
砂丘の荒々しさ、孤独、そして静謐な美を浮かび上がらせるためには、色彩は不要だったのだ。
無数の風紋、風に消される足跡、時に顔をのぞかせる生き物の痕跡――
それらを前にしたツォーン氏は、砂丘という存在の奥深さと、自然が持つ抽象的な詩情に触れたという。


今回展示されている約40点の作品は、すべて鳥取の因州和紙に印刷されている。
手漉きならではの立体的な質感と繊細なグレーの階調が、砂丘の描写に独特の温度と奥行きを与えている。
和紙の素材そのものが、自然への敬意と持続可能性を体現している点も、ツォーン氏の哲学と通底するものがある。


この展覧会は、阿部公房と植田正治という日本の二人の芸術家に捧ぐささやかなオマージュであり、砂丘を大切に守っている人々への感謝の証でもある。
自然という「変化し続ける風景」を見つめ、記録し、語りかけること。
その誠実な眼差しが、観る者の心を静かに揺さぶる。
写真展《風紋 移りゆく風景》は6月1日(土)まで開催中。
砂丘と写真が織りなす静かな世界を味わいに足を運んでみてはいかがでしょうか。


ギュンター・ツォーン写真展 風紋 移りゆく風景 会場:鳥取市歴史博物館 |